有楽町で呟いて。

横浜の薄給独身サラリーマンがカーモデル片手にあれこれ呟きます。模型のことよりも日常のことや元々の趣味畑である「ドラマ」の話などを我侭勝手に愚痴っていきますので、おヒマでしたらお付き合いください(^_^;

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特捜最前線#330

……ということで、だいぶご無沙汰しておりました「有楽町で呟いて。」
気がついたら9月も終わりですなぁ、はぁ。

★そんなわけでこの連休は
実家の佐世保に帰っておりました。
高台から佐世保重工業~米海軍佐世保基地を望む

えー、実は佐世保に帰るのはですね、社会人になって以来でして実に
15年半振り
となります(ぉ

しかし15年ってのはひとふた昔なんてものじゃなくてですね……

それまで遠回りしなきゃいけなかった鯨瀬埠頭へ駅舎を抜けてダイレクトに行けてしまうのね。

この駅はどこですか?
という気分です。最後に帰ってきた時の面影が全然なくて参りました。
ワタシが住んでいた当時の佐世保駅は昭和初期に建てられた鉄筋コンクリート製の「いかにも」なデザインの駅舎で、線路とホームも地上でしたので駅の両側には四六時中渋滞している巨大な踏切がありました。
高架化に伴い、駅自体も海側へ大幅に移動しています。昔はタクシープールのある場所にホームが並んでいました。

ところで、ずっと帰っていなかったのに何故急に帰ったかと云いますと
きつねを頼もうが天ぷらを頼もうが「かしわ」は入ってくるので、さしずめこれが「かけうどん」
なんの脈絡もなく無性に鳥栖駅のかしわうどんが食べたくなったのですね(ぉ
どうせ鳥栖まで下るなら佐世保なんてホンのちょっとの距離やんってことで、ええ。
本当になんてことない理由でさぁ(笑)

★今回の移動は
金曜日に有休が取れたので、木曜日の仕事帰りに夜行のサンライズ号で岡山まで降りて乗り継ぐ事にしました。
東京発着で唯一の夜行寝台列車になりましたね。
前半分が高松行きの「瀬戸」、後ろ半分が出雲市行きの「出雲」。出雲号の経路が昔(京都から山陰線)と違います。
先述のように殆ど思いつきでの帰省でしたので、指定席が取れたのがこれだけなんですね。それも寝台は満席でしたので、客船の二等船室みたいな簡易席になっちゃいました。
隣との間にカーテンがあればパーフェクトかと。
あー、でもこれはこれで充分快適でしたよ。ごろんと寝転がって足伸ばせますしね。
広さはワタシが進学で上京した時博多から乗った「あさかぜ」号の個室A寝台の半分くらい。
適当な枕でも用意すれば、ひざ掛けもあるので充分寝台席として機能します。なんせ特急料金だけでいいのがお得ですやね。

岡山からは尾道乗継で下関まで延々と普通列車で移動(相当な距離です・笑)
早朝6時半に岡山に着いて、九州入りしたのが昼近くでしたね。
九州着を実感するのは電車の変化。山陽線の、国鉄ん時から使ってるだろうってな野暮ったい電車から途端にケレン味溢れるデザインコンシャスな電車へとガラリと変化します。
「CommuterTrain Series817」ってな面倒な名前の電車(長崎本線)
国鉄時代は九州もボロっちい電車ばかりだったのですが、民営化した途端に妙に垢抜けた電車ばかりになったのですね。

博多へ到着した時に到着放送版(インスト)を初めて聴きましたよ「浪漫鉄道」

にしても、とんでもねぇ社歌だこと。実際に関連行事等で社員がこれを歌うとの由。
オリジナルのヴォーカルがハイ・ファイ・セットというのも凄いけど、これを本当に社歌として社内だけでしか使ってなく、CMにも流さなければ一切商品化もしてないというのもまた凄い話で(笑)

さて、佐世保に着いてから横浜へ帰って来るまでの話はまた次回へ(ぇ
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プロフィール

有楽町マリオンのからくり時計

Author:有楽町マリオンのからくり時計
1973年式・CVCCよりもTT-CCよりもNAPSよりも低公害な(?)横浜男。但し燃料を入れ間違えたらとてつもない毒を吐くので注意しましょう(笑)
クルマのプラモデルとドラマとテレビ東京とかわいいものが大好き。媚びてる物と固定概念が大嫌い。絵に描いたような天邪鬼。

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